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夏日

夏日(部分)

或る一週間

蚊取り線香の灰

●制作6-日付の概念
 何もない日とは存在するのだろうか?仮に、どんなに暇を持て余している日々があったとしても、その日は存在している。世の中ではいつも何か出来事が起こっている。しかし、もう記憶にもない日があるとする。忘却の彼方に置いてきてしまった日々であっても、それでもその日は存在している。そして、その経験は私達の体内のどこかに住み着いていて、思い出してくれるのを待っているのかもしれない。  人間の体は、毎日積み重なっていく記憶簿なのだと思う。人それぞれ経験した日々は違う。だから、日々増えていく記憶簿も大いに違う。この記憶簿が増えていくことによって、人は年を重ねながら精神的に向上していくのだと思う。しかし、今日のそして今考えているこの思いを来年の今頃には、はたまた十年後の今日にはおそらく何も覚えていないのだろう。未来の私に忘れられてしまうこの記憶を、今見た、そして思ったこの時を、私自身が共存したこの空間をすべて私は忘れてしまうのだろうか?今日がどんなに価値がある日とか、ものすごく有意義な日だとか、そんなことはどうでも良い事だ。ただ今日という日が存在していること、それだけでも未来の私には忘れてほしくないと思う。なぜなら、私は一日も欠かさず生きているのだから。数年前の初夏、そう思いました。
 その日は、その年初めて蚊取り線香を使った日でした。買い換えたばかりの蚊取り線香皿の上に、火をつけてそれを置いた。その次の日も、そのまた次の日もその年の夏が終わるまで、この皿の上で線香が焼かれました。
 いったい何枚の線香が焼かれるのだろうか。そんな事を思いながら、灰になった線香を片付けて気付いた事があった。その日ごとに、線香の焼き跡が違うのである。ある日は黒く、またある日は白く淵のあるように焼ける日もある。途中で火が消えて、蚊取り線香の渦にならない日もある。その日の天気や湿度が影響しているのだろうか?科学的には解りません。しかし、確かに日によって焼け跡は違い、全く同じように焼ける日などない。二度と帰って来ないあの懐かしい日々のように、また、もう忘れてしまった遠い過去のように、今日という同じ日はもうないのだ。
 私はその年に「或る一週間」という制作をした。夏の或る一週間、毎日蚊取り線香をたいた。見事同じ蚊取り線香なのに焼け跡は全て違った。この違いこそが二度と来ないその日の記憶で、その日がどんな日なのか忘れ去られたとしても、確かに存在していたという証なのだ。  日々の表現作品として、私が個人的に好きな作品がある。河原温の「TODAYシリーズ」という作品である。この作品は、黒色にペイントされた小型の画面に、白地の文字でその日の日付を示しているに過ぎない作品だ。その文字は、どこにでも見られるなんら変哲もないブロック体の文字で、滲みも擦れもしていない、誤字も脱字もない非常に素っ気無い作品である。しかしながら、この作品の制作は毎日続けられている。この難解な作品において、絵画的技術や作者の思想を理解できなくとも、唯一誰もが認識出来る事といえば「日付」である。それは「日付」というものが誰でも知っている言葉で、その時間の中で誰もが暮らしているからだ。しかしながら、作者はこの作品を通して何を表現したかったのだろうか?1966年から始まり、一日もかかさず40年を過ぎた今も続けられている。私達が逃れることの出来ない時間のように、この制作も継続し続けている。そう思うと、ただ何となく描いたにしては少し気合が入りすぎている。明確に示された文字の裏に秘めるものは、一体何なのであろうか?
 何かを表現しようとする事や文字で示そうとする事は、自分の存在を残そうとする現われだ。しかし、大概の出来事や事件は、時間という川に流されて時が経てば経つほど、人々の記憶からきれいサッパリ忘れ去られてしまう。河原の作品は、こういった確かに存在したはずの時間という忘却の彼方に行ってしまった抜け殻を、記したのではないだろうか。しかし、その時間は記憶から忘れ去られても、確かに存在して今の自分を創造している。そして止めることの出来ない日々の中で誰もが存在している。この作品が終結しないのはその為であろう。  話は自己制作に戻るが、「或る一週間」を制作してからこの作品を展開して、大きく白い何も書いていないマットの上で、一つずつ思い出を焼き付けていこうと思った。今年も来年もこのマットの上で、思い出しても思い出しきれないくらい多くの夏の日々を、大きくてたった一枚のマットの上で、夏空の青も、夕立も、取れたての西瓜も、夕暮れのヒグラシも、全部この白の上に閉じ込めてしまおうと思った。こうしてできた制作「夏の日々」はそんな夏を表現した。焼けた線香は灰になる。まるで日々の記憶のようだ。その日は二度と戻ってこない。蚊取り線香は、今日という日を比喩的に意味し、焼け跡は記憶の象徴として表現した。風化しても無くならない焼け跡という記憶を、未来の私はどのようにみるのだろうか。




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